今回は少しマニアックな内容です。
不動産の所有者が非居住者である場合には、借主は賃料を支払う際に、買主は購入代金を支払う際に、それぞれ原則として所得税等を天引きして税務署に納付する必要があります。外国にいる非居住者が日本で確定申告を忘れた場合でも、一定の納税額を確保するために、納税義務が日本に住む借主又は買主に転嫁されているのです。もし借主又は買主が、これに反して納税を失念していた場合には、税務上のペナルティー(不納付加算税や延滞税)は借主・買主が負うことになりますので、注意が必要です。
とはいえ、サラリーマンや学生、専業主婦等の事業を行っていない一般の個人は、そのような納税意識も低く税務事務にも疎いのが通常であり、たとえ法律上で源泉徴収義務を負わされていたとしても税金徴収の実効性には疑問をもたざるをえません。このため、そういったことに配慮して、借主又は買主が個人である場合で、不動産の賃借・購入の目的が自身又は親族等の居住のためである場合には、源泉徴収義務は免除されています(正確な内容は2019.3.6の記事「外国法人や非居住者に対する支払いがあるとき」をご参照ください)。
今回はそれが所得税法上はどのように規定されているのかを見ていきます(この先の内容はかなりマニアックですので興味がある方のみご覧ください)。
非居住者への支払に関する源泉徴収義務を定めた法律は所得税法212条です。
これによれば、不動産の貸付による対価すなわち不動産賃料については、借主がオーナーに支払う際に所得税を徴収し、翌月10日までに税務署に納付することが求められています。ただし例外として、個人が居住用に借りた場合の賃料については除くこととされています(所得税法施行令328条2号)。
一方、不動産を売却した場合の源泉徴収義務についても同様に所得税法212条に規定がありますが、不動産賃料のような除外規定が見当たりません。しかしながら国税庁のHPを見てみると、一定の場合には源泉徴収義務は不要と記載されています。ただしどのような規定が適用されるからなのかは明らかにされていません。どういうことでしょうか。
次に、非居住者にとって納税義務が課される所得についての規定である所得税法161条(国内源泉所得)を見てみます。非居住者は、基本的にこの法律に記載された国内源泉所得についてのみ日本で納税義務を負います。土地等の売却については同条1項5号に記載があり、これを根拠として日本での納税義務を負うことになります。ただし条文には一定の要件を満たす土地等の売却は、国内源泉所得とされる土地等の売却からは除かれるとされています。これについての詳細規定である所得税法施行令281条の3と合わせて読むと、土地等の売却のうち売却代金が1億円以下かつ買主が居住目的で購入したものが、161条1項5号でいう土地等の売却から生じる国内源泉所得からは除かれるものとされています。つまりこれだけを読むと、売却代金が1億円以下かつ買主が居住目的で購入する不動産売買取引から生じた所得は、そもそも国内源泉所得ではなく、日本では納税義務が生じないのでは?と思えてきます。源泉徴収義務の観点でみると、そもそも国内での納税義務を負わない売主に対して支払う代金だから、買主側としても源泉徴収は不要、ということでしょうか。
しかしながら、国税庁のHPでは、売買代金が1億円以下かつ買主が居住目的で購入する不動産売買については確かに源泉徴収義務は不要だが、不動産オーナーは確定申告はしてください、と書かれています。条文にも記載がない、にもかかわらず確定申告が必要、、、いったいどういうことだろう?と悩んでしまいます。
ところが実は、売買代金1億円以下等の土地等の売却については所得税法161条1項5号とは別の法律により、非居住者の納税義務が規定されているのです。それが所得税法161条1項3号及びその詳細規定である所得税法施行令281条1項1号です。これらによれば、国内にある不動産の譲渡による所得が国内源泉所得とされています。つまり、不動産の売却については、売買代金1億円以上等の場合には161条1項5号が、それ以外の場合には161条1項3号が適用され、結果的に両方とも国内源泉所得として非居住者であっても日本での納税申告が必要になるのです。
では、土地等の売却について、なぜわざわざ異なる法律で規定されているのでしょうか。ヒントは条文上の文言にあります。3号、5号ともに非居住者の日本での納税義務が必要な国内源泉所得の規定ですが、3号では「所得」、5号では「対価」というように言葉が書き分けられれています。土地等の売却に係る「所得」とは、売却収入から取得費等を控除した金額である一方、「対価」とは売却収入そのものを指します。そして、源泉徴収が必要な場合には通常、「対価」に対して一定の税率を乗じて源泉徴収額が算定されます。つまり、3号と5号で言葉が書き分けられているのは、5号に該当する土地等の売却については源泉徴収が予定されているからだと考えられます。
その観点を持って非居住者への支払いに係る源泉徴収義務を定めた所得税法212条1項を見てみると、確かに161条1項5号の国外源泉所得については同条に規定されている一方で、161条1項3号については記載がありません。売買代金1億円以下等の要件を満たす土地等の売却については源泉徴収義務は不要だが、それ以外のものについては源泉徴収義務が必要ということです。つまり、非居住者による土地等の譲渡については、どのような場合でも確定申告が必要であるという結論は変わらないのにあえて異なる条文において国内源泉所得として規定しているのは、源泉徴収義務の有無との関連でそうなっているのだと思われます。
まとめると以下の通りです。
・売却代金1億円以下かつ購入者が自身または親族の居住目的で購入した場合 → 所得税法161条1項3号の国内源泉所得に該当。その結果売主側の非居住者は日本での確定申告が必要。購入者側では源泉徴収は不要。
・それ以外の不動産売買取引 → 所得税法161条1項5号の国内源泉所得に該当。その結果売主側の非居住者は日本での確定申告が必要。購入者側では源泉徴収が必要。