はじめに
従来は海外で事業を行うのは主に大企業に限られておりましたが、近年では、少子化等により国内マーケットが縮小傾向にあるため、拡大する新興国等のマーケットに目を向ける中小企業も増えてきました。中国はもちろん、とりわけ近年ではASEAN諸国が人口数の多さに加えて所得水準の上昇や生活水準の向上が見られること、さらに日本への心理的距離感の近さから日本企業にとってマーケットとしての魅力が増しています。
日本の企業が海外取引を行う場合には国際税務の観点での検討が必要です。例えば海外企業に対してモノを輸出した場合あるいはサービス提供を行った場合、その取引から生じた利益に対してはどの国で税金を支払う必要があるのでしょうか。あるいは海外に拠点を持つ場合、駐在員事務所、支店、海外子会社のいずれの形を選択すれば良いでしょうか。
日本と外国にはそれぞれの課税ルールがあるため、場合によってはある取引から生じた利益に対して双方の国で税金を支払わなければならないこともあります。一方で、そのような二重課税を避けるための法制度や国同士のルールも整備されています。
とはいえ、中小企業様の場合には多くの場合、国際税務を十分に検討するためのリソースを自社で確保するのは難しいのが現状です。また会計事務所においても、国際税務については十分な経験がなく対応しきれないところもまだ少なくありません。
弊社では、海外取引を行っている、あるいはこれから行おうとしている中小企業様のお悩みを解決に導くべくサポートいたします。お気軽にご相談ください。
国際税務にあたり留意すべきポイント
海外取引において、税務の観点から検討すべき事項は以下の通りです。
モノの輸出入取引
輸出取引
日本側では、外貨建ての場合には為替換算が必要です。また、為替リスクをヘッジするために為替予約等を行った場合には、会計・税務上の処理をどうするのかの検討も必要です。さらに、消費税の観点からの検討も必要です。モノの輸出取引では多くの場合は輸出免税に該当し、仕入税額控除により還付を受けることができます。もっとも、三国間貿易の場合には輸出免税を受けられないことに留意が必要です。
一方海外側では、多くの場合は販売側である日本企業においては税務上の検討は不要ですが、取引形態によっては例外的に現地における申告・納税の必要が生じるため注意が必要です。
輸入取引
輸出取引同様、外貨建て取引の場合には為替まわりの検討が必要です。また、輸入消費税がかかります。
無形資産取引
ここでいう無形資産とは技術・ノウハウ・ブランド等のことを指します。無形資産取引とは、技術上の特許や自社のブランドを他者に使用許諾し対価(ロイヤルティ、使用料)を受領するようないわゆるライセンス取引のことです。海外企業と無形資産取引を行う場合には、国際税務の観点からの検討が欠かせません。
ライセンス・アウト取引
日本から海外に無形資産を使用許諾する取引(ライセンス・アウト取引)では、モノの売買取引同様に外貨建て取引の検討が必要です。消費税については多くの場合には輸出免税取引となります。
また、対価として回収するロイヤルティに対しては一般に取引先の国において源泉税が課されます。源泉税の額は外国の税法に基づき定められます。日本側では受領したロイヤルティは他の収入項目と同様に収益認識され、法人税の課税対象となります。つまり一つの所得に対して外国でも日本でも税金が課されるという国際的二重課税の状態が生じます。
このような場合には、二重課税を緩和するための制度である租税条約や外国税額控除の検討が必要です。租税条約とは二重課税を防止するための国と国との合意です。適用要件を満たした場合には海外側で徴収される源泉税を減免することができます。また、外国税額控除とは外国への納税がある場合に、日本で納付すべき税額を減額する制度です。
ライセンス・イン取引
日本企業が海外から技術やブランドの使用許諾を受ける取引(ライセンス・イン取引)では、日本企業が海外の取引先にロイヤルティ等の対価を支払います。海外企業が日本の企業から支払いを受けるロイヤルティには日本の源泉税が課されます。この際に日本企業は源泉徴収義務者として海外企業に代わって納税する義務があります。
役務提供取引
海外企業へのサービス提供取引
外貨建て取引の検討、消費税の検討は上記の取引と同様に検討が必要です。また役務提供取引では、役務提供が行われる場所が外国である場合には、当該国における課税にも注意が必要です。すなわち、日本から従業員等を出張させ外国において役務提供を行う場合には、外国税務当局からは現地拠点を設けて事業を行っているとみなされ、外国での申告納税義務が生じる場合があります。さらに出張している従業員等の給与所得についても、現地で申告納税義務が生じる場合があります。出張期間が半年を超えるなど長期間に及ぶ場合には特に注意が必要です。
海外企業から受けるサービス取引
無形資産取引におけるライセンス・イン取引と同様、日本側における源泉徴収義務に注意が必要です。また消費税の観点からは、国外事業者からインターネット等を通じて役務提供を受けている場合には、日本企業に納税義務が転嫁されている点への注意が必要です。
グループ内企業との取引(移転価格税制)
上記の取引をグループ内の海外子会社や兄弟会社と行う場合には、移転価格税制の検討が必要です。グループ内の取引は第三者との取引とは異なり取引価格を自由に設定できることから、日本から海外のグループ企業に対しては第三者に販売するよりも安い価格で販売することが可能です。こうすることで日本には利益を残さずに海外に利益を付け替えることができてしまいます。取引相手の所在国が日本よりも低税率の場合には、グループ全体で税コストを抑えることが可能となります。ただしこうすると、日本での納税額が小さくなってしまうという問題があります。
これを防ぐために設けられているのが移転価格税制です。移転価格税制では、グループ内取引であっても取引当事者企業同士の役割やリスクの負担関係に見合った利益配分となるような価格設定が求められます。またグループ内企業との取引が一定の規模を超えると、その取引について税務上の観点から分析した内容を文書に残すことが義務付けられています。
海外拠点の設立
上では海外拠点の有無にかかわらず日本企業が海外取引を行った場合に検討すべき税務上の論点を説明してきました。次に、海外拠点を設置した場合には、上記の点に加えて以下の事項を検討する必要があります。
駐在員事務所
駐在員事務所とは一般には営業活動を開始する前の情報収集等の目的で外国に設置される活動拠点です。税務上は、営業活動を行わないことに加えて、日本の本店と同一の法人格であることがポイントです。営業活動を行わないことから収益は生じないため外国での申告納税は通常は必要がありません。日本の本店と同一の法人格であることから、駐在員事務所の費用は日本の本店の損益に取り込まれます。
また駐在員事務所の場合、現地で勤務する従業員等の給与所得について現地で納税する必要があります。
海外支店
海外支店とは一般に、営業活動まで行う現地での事業拠点を言います。営業活動により収益が生じる点で駐在員事務所とは異なります。一方で、日本の本店と同一の法人格である点で、海外子会社とも異なります。税務上は、外国において申告納税が必要であること、及び日本においても海外支店の損益は日本の本店に合算されたうえで課税対象とされることに留意が必要です(事業税は除く)。つまり海外支店の所得に対して外国と日本の双方で課税されます。このため日本側では外国税額控除の適用を検討する必要があります。なお、海外支店はあくまでも日本の本店の一部ですので、海外支店に対して現地で税務調査が行われる場合には、本店にまで調査の範囲が及ぶ可能性があることにも留意が必要です。
なお、現地で働く従業員等の給与については、たとえ当該従業員等が日本の親会社から派遣された場合であっても現地において納税が必要となります。
海外子会社
海外子会社は、外国で法人格を持つ会社です。海外支店と同様に営業活動を行い収益が生じますが、日本の親会社とは別の独立した法人格を有する点で異なります。したがって駐在員事務所や海外支店とは異なり、税務上は海外子会社の損益は日本の本店の損益に合算する必要はありません。このため二重課税は生じず外国税額控除の検討は不要です。
ただし海外子会社の場合は、進出先国によってはタックスヘイブン対策税制の対象となります。タックスヘイブン対策税制とは、低税率国に設立したグループ会社等に留保された利益を、日本の親会社の利益に合算して日本側で課税する税制です。低税率国に利益を寄せ、高税率国である日本での納税額を減少させるような租税回避行為への対策としての制度です。低税率国への進出や、新興国で優遇税制の適用を受けようとする場合には検討の必要があります。
一方で、海外子会社から配当の形で日本の親会社に利益を還流させたい場合には、外国側で源泉税が課されますので、租税条約により減免できるかの検討が必要です。日本側では外国子会社益金不算入制度により配当額の95%に対して課税されないため、主な税コストは外国で課される源泉税となります。
また、海外子会社の場合には出向者の給与についても注意が必要です。現地で働く従業員等の給与について現地での納税が必要なのは駐在員事務所・海外支店とも共通しています。海外子会社の場合にはさらに、従員等の給与は原則的には海外子会社の負担とさせるべきことから、出向者従業員給与の親子間における負担関係についての整理も必要です。
進出形態の選択
海外進出の際には現地の拠点を海外支店とするか海外子会社とするかを検討しますが、税務の観点からは上述の通り法人格の有無がポイントとなります。すなわち、海外支店の場合には日本の本店と同一法人格なので損益が合算されますが、海外子会社の場合には合算されません。このことから、現地進出からはまだ日が浅く黒字の見込みがない段階では、海外支店を選択することで損失を取り込めるため、税務上のメリットはあります。一方で黒字が見込める場合には、特に進出先国が日本よりも低税率であれば海外子会社として進出する方が税務上のメリットを得られます。
タックスプランニング
日本の法人税負担は国際的にみれば高い水準にあります。したがって単純には、日本よりも海外子会社側に利益が残るように調整できれば、グループ全体の税コストを下げることができると考えられます。
例えば、利益を還流させるためには、配当とするのがいいのか親会社貸付を行って利息で回収した方がいいのか、中間持株会社のスキームは使えないか、撤退する際には清算か売却か、といった点を税務の観点から検討することができます。
ただし近年では海外取引を利用した極端な租税回避行為を防止するため、国際的な合意のもと各国において制度改正が行われておりますので、その動きへの注意が必要です。